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地域のミューズを発掘するメディア

宮城亮さん

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P’lus Nine株式会社 代表取締役/総合型地域スポーツクラブ経営コンサルタント/スポーツまちづくりマネジャー/スポーツによる地方創生プロデューサー

「スポーツを起爆剤に、地域再生に挑み続ける」

宮城さんは、人口1万人の町に150人ものスポーツ移住者を呼び込み、佐賀市ではサッカー日本代表監督とスポーツ振興を語るイベントを開催するなど、スポーツを通じて少子高齢化や過疎化、健康問題、コミュニティの分断といった地域課題の解決に取り組んでいます。スポーツには人をつなぎ、まちに活気をもたらし、持続可能な社会をつくる力があります。地域の人々が「自分のまちを信じられる未来」を描けるよう、今日も挑み続けています。

History

これまでの歩み

1990年 9歳

サッカーを始める

1998年 15歳

ブラジルへ短期留学する

沖縄県出身の私は、沖縄県の移民90周年事業をきっかけにブラジルへ短期留学しました。そこで目にしたのは、「スポーツが生活の中心にある街の姿」でした。試合の日には町全体が熱狂し、まるで毎回ワールドカップのような盛り上がりに。サッカー中継に夢中で泥棒すら起きないと言われるほど、人々の関心が一つに集まっていました。歴史的な試合を観るために家や車を手放してでもスタジアムへ向かう人がいるなど、スポーツを楽しむことが人生の価値として根づいていたんです。

この経験から「スポーツを通じて人々の生活や街を豊かにしたい」と強く思うようになりました。サッカー選手を目指してブラジルへ渡ったのですが、地域経済を学べる大学へ進もうと考えるようになりました。

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留学先のブラジルにて

2003年 21歳

FC琉球(現在J3)の設立に参加し、スポーツビジネスの世界に触れる

大学でサッカーを辞め、FC琉球の設立に参加しました。今でこそJリーグクラブとして知られていますが、当時は知名度も資金も本当にゼロからのスタートでした。クラブが強くなるためには良い選手の獲得が欠かせず、スポンサーに支援をお願いするために、実績もないチームにどうすれば価値を感じてもらえるのかを、考えさせられた毎日でした。そこで、サッカースクールに通う子どもや保護者、ファンの声をアンケートや対話を通して、「なぜ応援したくなるのか」「どこに魅力を感じているのか」を探し続けました。

「立ち上げ期のゼロから挑戦する姿に共感し、成長を見守りたい」という層にまずはアプローチをするなど、フェーズごとに手を取り合うべき企業や届けたいファン層を見極めながら活動を進めてきました。こうした経験が現在の、まだ注目されていない地域の魅力を発掘し、人の関心を集めていく活動につながっています。

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2010年 28歳

日本サッカー界初のゼネラルマネージャー・今西和男氏と出会い、FC岐阜へ参加。「スポーツが地域のために何ができるのか」を学び実践する

今西和男氏は、サンフレッチェ広島を立ち上げ、日本代表チームの強化にも関わってきた方です。サンフレッチェ広島は、もともと企業のサッカーチームでした。それを地域のJリーグクラブとしてプロ化する際、企業は「広島のためになるなら」とこれまで築いてきた歴史や資産を手放す決断をしました。

Jリーグクラブはスポンサーから支援を受けるだけの存在ではありません。多くの企業や地域の人に支えられているからこそ、企業が日々の営業活動の中では手が届かない地域での活動を代わりに担います。自分たちに何ができるのか、どこまでやれるのかを考え続ける。今西氏は、そうした姿勢を日々大切にされていました。

私たちもそういったことを常々考えながら活動していました。まずは自分たちが地域に何ができるのかを示すこと。その積み重ねが、やがて応援につながるのだと思います。

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2019年 37歳

人口1万人の宮崎県都農町に着任し、3年で150名のスポーツ移住者を町に呼び込み、スポーツ庁主催『スポーツ・健康まちづくり優良自治体表彰2022』を獲得する

当時、日本ではスポーツを通じた地域づくりや、スポーツツーリズムはまだ新しい概念で、 人口移住や地域活性化につなげた事例はほとんどありませんでした。そんな中、人口1万人の宮崎県都農町に着任し、3年間で150名ものスポーツ移住者を町に呼び込むことに成功しました。この取り組みが評価され、スポーツ庁主催『スポーツ・健康まちづくり優良自治体表彰2022』を獲得。私たちの事例が各所で紹介されたことで、全国の自治体が視察に訪れるようになり、仕事のオファーも増え、活動の幅が広がりました。

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2022年 40歳

スポーツによる地域再生プロデューサーとしての活動スタート

現在

Vision Map

宮城亮さんの未来地図

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現在の活動内容は?

私は現在、「スポーツで地域課題を解決する」ことを軸に、全国の小さな自治体を主なフィールドとして活動しています。もともとはJリーグクラブやVリーグチームの設立・プロ化・経営改善など、クラブ中心の活動が多かったのですが、今は自治体と連携して街づくりや地域活性化に取り組むことが中心です。

具体的には、地域の魅力をスポーツという体験に変えて、交流人口や関係人口を増やし、移住や定住、起業につなげる仕組みづくり、スポーツイベント運営やクラウドファンディングを活用した資金調達、地域の観光商品やふるさと産品の開発など、多岐にわたります。スポーツはあくまで「手段」であり、人や地域の流れをつくるためのきっかけです。例えば、年間1人しか移住者がいなかった人口1万人の町にスポーツクラブをつくることで、選手たちやその家族など3年間で150人以上の移住者が集まったこともあります。都市部では見えにくい変化も、小さな地域では人の顔が見える距離で実感でき、そのリアリティが私を小さな地域での活動に向かわせています。

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JFC宮崎の選手や監督が、宮崎県都農町の地域おこし協力隊として活動した

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きっかけと原動力は?

この活動を始めたきっかけは、Jリーグクラブ在籍時に、スポーツの可能性が地域で十分に活かされていない場面を何度も目にしたことです。スポーツは単なる試合の消費ではなく、人を動かし誇りを生み、経済や教育、地域の活力にも影響を与える力があります。

推しのチームがあることで生まれる地域への愛着や、スタジアムでの応援で顔見知りになって形成されるコミュニティ、メディアで地域名が取り上げられること、アウェイ戦を観戦する際の経済効果など、貨幣に換算できない価値も多く存在します。こうした経験から、「スポーツ側からまちづくりに入り込もう」と考えたことが原点です。

原動力はシンプルです。「ありがとう」と言われること、 そして地域の人々の意識が変わる瞬間を見ること。最初は「うちの街じゃ無理」と言っていた人が、小さな成功を重ねるうちにイベントの改善策を次々と提案してくれるようになったり、地域の企業が協賛という形で応援してくれるようになったりするんです。特に印象的だったのは、80歳を超えた女性が、選手との体操教室を楽しみにメイクまでするようになり、「生きがいになった」とおっしゃったこと。地域の皆さんが「自分たちのまちは、まだ可能性がある」と言い始める瞬間が、何よりおもしろく、うれしい。責任は重いけれど、やりがいも本物です。

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FC岐阜で活動していた頃の宮城さん

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描いている未来は?

日本の地方には、自然や文化、産業、人の温かさなど多くの魅力があります。しかし多くの場合、それを最も知らないのはその地域の人自身です。私は外から答えを持ち込むのではなく、「地域に眠る可能性を一緒に掘り起こす伴走者」でありたいと考えています。大切にしているのは、人や地域の「違い」をどう見せ、どう尖らせるかという視点です。そのまちにしかない個性をわかりやすく伝えることが、人の心に届くと感じています。

地域の魅力は、食文化や景色、歴史的背景、立地に目を向けることで見えてきます。例を挙げると、同じチキン南蛮でも宮崎と高知で食べ方が違い、カツ丼も地域ごとに卵とじや味噌などさまざまです。また廃藩置県によって同じ県にくくられていても、文化的には別の背景を持つ地域も少なくありません。歴史や土地の成り立ちをたどることで、新しい魅力が見えてくることもあります。

目指しているのは、地域の人が自分たちのまちを誇りに思い、外から来た人も関わり続けたいと感じられる状態です。スポーツはその“起爆剤”となり、小さな挑戦がまちの未来を動かすきっかけになる。人々が自分のまちを信じ直す――そんな未来をつくることが、私の描く未来地図です。

Essence

宮城亮さんに10のQuestions!

Q1

活動しているなかで、心に残っている言葉や出来事は?

敬愛している今西和男氏が辞任した際、「自分がお金を稼げていれば、このような状況にはならなかったのでは?」と強く思いました。理念だけではなく、稼ぐことの大切さ、そして継続するにはお金が必要だということを痛感した出来事です。

Q2

ご自身はどんな人?

長所は、可能性を否定しないところです。大学院時代、修士論文を担当してくださった先生が、私の突拍子もないアイデアを否定せず、「できる理由を探せ」と常に可能性を考えさせてくれました。

一方で、短所は我慢して積み上げるのが苦手なことです。停滞している状態が耐えられず、常に新しいことや挑戦を求めてしまいます。チームの成績が上がり安定すると、もっと困っている場所や小さな地域で挑戦したくなるのです。

Q3

最近、感銘を受けたこと、感動したことは?

子どもたちのサッカーをしている姿を見て感動しました。試合に負けたくないと、自分のポジションや役割を忘れて一生懸命に戦う姿を見て、とても感動し、エネルギーをもらいました。

Q4

「これだけは許せない!」というこだわりや想いは?

やる前から無理っていう人。

Q5

今の自分に点数をつけるとしたら?

100点。毎日100点だったと思わないと次に進めないから。

Q6

座右の銘を教えてください。

「無いものはつくる。」

Q7

あなたにとって「挑戦」とは?

ドキドキワクワクを味わう行動。高所恐怖症なのでジェットコースターなどリスクのあることは避けます(笑)。しかし、仕事や地域活動では、怖さよりもやってみようという気持ちが先に来ます。むしろ「怒られることは勲章」。怒られないとか、どうやってもうまくいくことをする方がつまらない。怒られても結果きちんとやり遂げれば、後におもしろいエピソードになります。

Q8

挫折しそうになったことはありますか? そのとき、どう乗り越えましたか?

あります。 自分の努力では解決できないことは考えず、できることは諦めない。どうしてもダメなときは、一旦寝かせておくようにしています。

Q9

宮城さんの人生にキャッチコピーや映画のタイトルをつけるとしたら?

映画『必要とされたい。地方で戦い続けた理由』

キャッチコピー「成功したかったわけじゃない。ただ、誰かの『頼む』を断れなかった。」

Q10

この世に生まれた目的、使命はなんだと思いますか?

あまり価値がないと思われているモノの魅力を発見すること。

※本記事の情報は、掲載日もしくは更新日時点のものです。(更新日: 2026年04月17日)

Profile

プロフィール

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宮城亮/TasukuMiyagi

P’lus Nine株式会社 代表取締役/総合型地域スポーツクラブ経営コンサルタント/スポーツまちづくりマネジャー/スポーツによる地方創生プロデューサー

1982年生まれ、沖縄県出身。「スポーツで地域課題を解決する」をモットーに、JリーグクラブやVリーグチームの設立・プロ化、経営改善を牽引。Jリーグホームタウン活動No.1や1万人集客など、地域密着型の成功モデルを確立。実務家として、人口1万人のまちへ3年で150名のスポーツ移住を成功させるなど、具体的な社会効果を創出。スポーツ庁技術審査委員や自治体政策アドバイザーを歴任し、文部科学大臣表彰、スポーツ振興賞など受賞多数。