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浦川航平さん

pin_fill_rounded_circle [#ffffff] Created with Sketch. 福岡市

「株式会社 もずくとおはぎ」代表取締役 CEO

「“自己表現”を追求し続けた先に見出す存在価値」

「株式会社 もずくとおはぎ」代表取締役の浦川航平さんは、「右脳」と「左脳」、経営と芸術、現実と感覚……相反する要素を軽やかに行き来する人物だ。目に見えているものを疑い、物事の本質を問う。掘り起こし、丁寧にすくい上げた価値を掛け合わせ、その可能性を何倍にも拡張していく。その姿は、分断が進む時代において人や価値のあいだに対話を生む“ファシリテーター”であり、変化を引き起こす“トリガー”でもある。

人はいつまでも成長し続けることができる。むしろ底辺だと気づけることが喜ばしい。また登ることができるのだから。浦川さんはその生き方で示している。

History

これまでの歩み

2001年 22歳

家具メーカー入社し、営業職に

家具のデザインがやりたくて会社に入りました。

でも配属は営業で、「デザインをやれる企画開発室に行きたければ、まずは営業で結果を出して」と言われたんです。

実際にやっていたのは、いわゆる“売るだけの営業”ではなくて、図面を描いたり、プランを考えたり、空間のコーディネートをしたり。気づけば“何でも屋”という感じでかなり幅のある仕事を任されてました。

「とにかく成果を出してやる!」と思いながら、ちょっと面白くなっている自分も正直いて、当時はがむしゃらに働いてましたね。そしたら3年目には西日本エリアで年間粗利1位になったんです。

「よし、これで企画開発室に行ける」と思ったら、今度は「営業から抜けられると困る」という言葉が返ってきた。その瞬間、“個人の成長”と“組織の都合”が嚙み合わないなと気づき、6年目で独立しようって決めました。

2007年 29歳

独立して家具デザイナーに

家具デザイナーとして独立してからは、家具メッセ静岡やTokyo Design Weekに出展したり、「プロダクトデザイン年鑑」に掲載されたりと、表に見える活動自体はわりと順調でした。

ただ一方で、「つくり出したものをどうやって世の中に届けていくのがいいんだろう?」という問いが、ずっと頭の片隅にあって。

つくることだけじゃ足りない。と思って、マーケティングを学び始めたんです。

ちょうどその頃、リーマンショックが起きて、時代の流れに抗う間もなく、その波にのまれるように、ビジネス的には一気に厳しくなっていきました。

20歳の頃からひたすら追いかけてきた道だっただけに、「ようやくここまで辿り着いたのに、こんなところで終わってしまうのか…!」という感覚が強く残りました。評価され、形になり始めていたはずの未来が、音を立てて崩れていくようで、正直、かなりの絶望感がありましたね。

結果的に、個人事業主としての活動はいったん区切りをつけることに。

次に進むなら、少しだけ足を踏み入れていたマーケティングを、ちゃんとやってみようかなと。そんな流れで、再就職を決めました。

2010年 32歳

男性化粧品やサプリなどを扱う通販会社に入社

再就職にあたって、それまで住んでいた北九州市を離れて、大学時代を過ごした福岡に戻ることにしました。
求人サイトで福岡市の求人を調べてみたら、3300件くらいヒットして。その中で「マーケティング」を前面に打ち出している会社は、実は3〜4社しかなかったんですよね。最終的に、その中から選んだのが、男性化粧品やサプリを扱う通販会社でした。

そこでは、かなり攻めたマーケティングをやっていて、たとえば新聞広告の両面見開きで2000万円、みたいな世界でした。当時はまだ新聞広告の効果が強い時代だったので、実際にかなり売れたんです。何度も広告を出していくうちに、初回ほどのインパクトは落ち着いていきましたが、数字の変化を含めてマーケティングの現実を肌で学べた、貴重な経験でした。

結果的に2年間働いて、マーケティングについては本当にいろいろ勉強させてもらいましたね。

2012年 34歳

地場制作会社でプロデューサーから部長職へ

その後、WEB系の会社に転職して、プロデューサーとして働くことになりました。結果的に、部長になって、部門売上を180%まで成長させました。

ただ、上司と若手の間に立つ立場として、売上を上げながらも健やかな働き方ができないものか、と画策しました。

そこで、改革というと大げさですが、労働時間や仕事の進め方を、少しずつ見直していったんです。いいところはちゃんと伸ばしつつ、改善したほうがいい部分は一つずつ丁寧に手を入れていく、という感じですね。

特に大きく変えたのは、「適切な金額で、適切なスケジュールの案件を受ける」という考え方です。売上を伸ばそうとすると、つい取れる仕事は全部取ろう、というマインドになりがちなんですが、予算が合わなかったり、極端にスケジュールがタイトな案件を受けてしまうと、どうしても深夜残業や休日出勤が増えてしまう。実際、体調を崩して遅れてきたり、休んだりするメンバーも出てきていました。

根本的には、営業力が弱かったという課題もあったので、どんな案件を取るべきかを見極める力や、新しい案件を発掘する力をつけること、そして「断る勇気」を持つことも大事にしました。

もちろん、すぐに成果が出るわけではなかったですし、時間もかかりました。でも、長い目で見たときに、会社としてどちらがこの先、生き残っていけるのかを考えたら、答えはわりと明確だったと思います。

2016年 38歳

クリエイティブへの想いが再燃

制作会社に従事する傍ら、一輪の花を人の生き死に、栄枯盛衰に見立てたアートワーク「ichirin」を開始しました。クライアントワークばかりの受注をしていたので、基本的にはお客様の課題解決。

当たり前ですけれど、自分が表現したいものばかりではないですよね。

その反動というか、「もう、やりたいことを好き放題やりたい」という欲が一気に爆発して始めたのがこのアートワークでした。ただ、また家具をやるとなると、お金もかかるし、場所も取るし、持ち運びも大変。じゃあ何ができるだろう、と考えたときに思いついたのが“一輪挿し”だったんです。

もともと茶道をやっていて、茶道といえば千利休じゃないですか。ふと、千利休と豊臣秀吉の「朝顔」の話を思い出したんです。庭一面に咲いた朝顔をすべて摘み取り、床の間に一輪だけ生けて客を迎える、というあのストーリーが昔から好きで、「あ、一輪挿し、いいな」と。

最初は、正直そこまで深く考えていなくて。一輪挿しを作って、花を生けて、写真を撮ってSNSで発信する……それ自体は、そんなに難しいことじゃないし、それだけだと面白くないな、と思っていたんです。むしろ当初は、一輪挿しをたくさん作って、IKEAとかカッシーナみたいなところに売り込んで、大量生産して世界中に売って……なんていう、わりと打算的な発想からのスタートでした。

でも、「ただ花を生けて発信するだけじゃない表現にしたい」と思って、蕾から枯れるまでを定点観測する、というスタイルにしました。作品がある程度たまったら、プロダクトとして売り込みに行こう、くらいの感覚だったんです。それが、始めて数ヶ月くらい経った頃に、JCATニューヨークから「今まで見たことがない作品ですね」というDMが届いて、チームに入らないか、というオファーまでいただいて。
そのときに初めて、「あ、これはプロダクトデザインとして始めたけど、芸術作品なんだな」と気づいたんですよね。結果的に、芸術になった、という感じです。

2023年 44歳

5人体制に変え、本格始動

2021年から2023年までは、東京本社の制作会社で事業部長として、福岡事務所の立ち上げにも関わりました。

その後は2021年に芸術活動を本格化させるために立ち上げていた「株式会社もずくとおはぎ」に現在のメンバー4名を加え独立。そこから、経営者として、そして芸術家としての活動を本格的にスタートしました。

もずくとおはぎは、「人生の充実」を追求する会社です。ちなみに私の愛猫2匹の名前から取った社名です。で、もずくは「左脳」、おはぎは「右脳」を象徴しています。

もずくは論理や構造、戦略を司る「左脳」、おはぎは感性や直感、表現を担う「右脳」。
どちらか一方に偏るのではなく、考える力と感じる力、その両輪がそろってこそ、人生も表現も豊かになる。そんな思想を、この名前に込めています。

自己表現することを何よりも大切にし、組織が人に伴走し、人がまた人に伴走していく。そんな関係性を理想としています。

個人の強みは、そのまま会社の強みにつながると考えているので、メンバーそれぞれが自分の得意分野や関心をアップデートし続けながら活動しています。個が磨かれ続けることで、結果的に会社も強くなっていく。そんな循環をつくりたいと思っています。

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「ichirin」で表現している“人の生き死に”

現在

Vision Map

浦川航平さんの未来地図

01

現在の活動内容は?

事業としては、大きく二つの軸で活動してきました。

一つ目がIT/Web事業。メンバーはいずれもWEBやIT分野で経験を積んできたプロフェッショナル。ゆえにこの領域が事業全体の7割ほどを占め、安定した基盤とキャッシュポイントを担っています。

そして二つ目の軸が、芸術の領域です。IT/Web事業でキャッシュポイントを作りながら、残りの3割で、私自身が制作している「ichirin」という作品の活動や、新しい事業の可能性を探っています。

今は特に、「ichirin」をどう展開していくのか、どんな文脈や場所で価値が高まっていくのか、そしてそれをどうキャッシュポイントにつなげていくのかを模索している段階ですね。具体的には、作品制作や個展の開催、アワードやアートイベントへの参加、企業とのコラボレーションなどを行っています。

そして現在は、AI分野と飲食分野で新規事業を立ち上げようとしています。

僕たち5人の成長戦略は、単純に人を増やして業績を拡大していく、という考え方ではありません。それぞれの個人がきちんと成長して、その力が掛け合わさったときに生まれるシナジーを、会社としての成長につなげていきたいと思っています。

何がなんでも人数を増やしたくないということではないのですがむやみに人を増やさなくてもいいかな、と。もし共鳴しあう存在と巡り合ったら、より深くお互いを理解しあった状態で加わってほしい。それが、今すでに知っている人かもしれないし、これから新しく知り合う人かもしれません。

02

活動の原動力は?

会社員として成果を出し、求められる条件もクリアしてきたからこそ、日本の社会が資本主義や組織の論理だけで動きすぎている現実が、よりはっきりと見えてきました。
だから私は、いったん資本主義の原理原則から少し距離を置いた場所に立って、自分の人生や表現のあり方を見つめ直したいと思うようになったんです。

「大人って、こんなに汚いんだな」と感じた瞬間もありました。ただ、それは個人の問題というより、立場や構造が生み出してしまう歪みなんだろうな、とも思っています。

だからこそ、今は、組織に縛られず、資本の論理だけに回収されない場所で、自分たちが自由に表現できる環境をつくりたいと思っています。
やりたいことをただ夢で終わらせるのではなく、「どうすれば外の世界で通用するか」をちゃんと考えながら、条件を一つずつクリアしていく。そのプロセス自体を肯定できるチームでありたいですね。

基本的には自分たちの人生を充実させるためにやっていこうというところが大きいです。

03

描いている未来は?

芸術活動については、海外での露出を少しずつ増やしていきたいと考えています。

中でもニューヨークは世界中から最高峰が集まる魅力的な場所。そしてハブとしての機能も持ち合わせているので、個展など、活動の場を広げていけたらいいですね。

ただ、「日本か海外か」という区分そのものには、あまりこだわっていなくて。国や場所を越えて、必要なところに自然と行き来できる状態が理想です。海外での評価や露出が増えることで、一気に認知が広がったりする側面もある。いわば逆輸入のような形で日本にも作品が届いていくといいなと。

もうひとつ、個人的に強く意識しているのが、地元・佐世保で国際芸術祭を開催すること。瀬戸内国際芸術祭のように、世界中から人が集まり、アートやカルチャーが育っていくような場を作ってみたいですね。

私たちが創り出すモノゴトが人や社会にじんわりと作用していく。そんな流れが生み出せたらいいなって思っています。

Essence

浦川航平さんに10のQuestions!

Q1

活動しているなかで、心に残っている出来事は?

ノリと勢いで、「株式会社もずくとおはぎ」を5人でスタートしたこと。

Q2

今注目しているコトやモノなどはありますか?

今というより以前からですが、親しい人たちの生き方や価値観、概念のようなもの。

Q3

ご自身はどんな人? 長所や短所を教えてください。

現状維持は、死んだも同然。誰かと誰かをつなぎ、化学反応が起きる瞬間を見るのが好き。壁にぶつかると、むしろワクワクする。

アンチ? 大歓迎です。

人に、強烈に興味がある。知らないことに、出会い続けていたい。

短所なんてものは、存在しない。
長所に変えるか、長所でカバーすればいい。もしくは諦めて誰かに託す。

Q4

「これだけは許せない!」というこだわりや想いはありますか?

人間関係や人付き合いを雑に取り扱うこと。

自分を完成形に導いてくれるのは、いつでもまわりの人たちだから。

Q5

今の自分に点数をつけるとしたら?

100点。

今できることをすべてやっているから。

Q6

死ぬまでに一度はやっておきたいことは?

地元の佐世保で芸術祭を開催して、世界中から観客を呼び込むこと。

Q7

福岡でお気に入りの場所は?

「どろんぱっ」(焼肉屋@福岡市中央区高砂)

Q8

最近ハマっているものや趣味は?

タンパク質の過剰摂取 。

Q9

あなたにとって「夢」とは?

目標にすらなっていない特に必要のないもの。

Q10

もし生まれ変わるなら、何がしたいですか?

自分をもう一度生きる。

1周目をちょびっと軌道修正した2周目を味わってみたいです。

Profile

プロフィール

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浦川航平/Kohei Urakawa

「株式会社 もずくとおはぎ」代表取締役 CEO

長崎県佐世保市出身。経営者であり、芸術家。二つの視点を行き来しながら活動する。家具・プロダクトデザイナーとしてキャリアをスタートし、通販会社でダイレクトマーケティングを経験。2012年にウェブ業界へ転身し、2023年3月に独立。現在は、経営と表現の両軸から価値を生み出している。「右脳」と「左脳」を自在に往復する独自のスタイルを強みに、戦略的なプロデュース、緻密なマネジメント、そして人の懐に自然と入り込む柔らかな人柄で、数多くのクライアントの本質的な課題に向き合い、解決へと導いてきた。また、芸術活動では、一輪の花を人に見立て、個の際立ちや生と死、栄枯盛衰を表現する作品を制作。咲き誇る瞬間だけでなく、移ろうすべての時間に宿る美しさを描き続けている。